展覧会

井伊家近代文書からみる彦根城

開催期間:令和3年/2021年11月27日(土)~12月24日(金)

 江戸時代、彦根藩主井伊家の軍事・政治の拠点であった彦根城は、明治4年(1871)の廃藩置県の後に、彦根県庁・長浜県庁・犬上県庁が置かれた一時期を経て同5年頃、兵部省(のち陸軍省)の所管となりました。同10年頃には、城内の建物の解体が進められ、天守の解体も間もなく実施される予定でした。しかし、同11年、明治天皇の北陸・東海巡幸の際に、天守などの建物の保存が決定され、維持されることとなりました。その後、同24年に陸軍省所管地から皇室御料地に編入され宮内省の所管となり、同年に井伊家に貸与され、同27年には、皇室から井伊家に下賜されました。
兵部省・陸軍省の所管時代から城内では、民間人による桑の植え付けが許され、また、一般の人びとの遊覧も認められ、茶屋の営業も行われていました。井伊家が城の所有者となった後でも、彦根城に「公衆」が自由に出入りすることを同家が許可し、城は当時、彦根町の公園の様相を呈したと伝えます。明治30年代には、景勝地としての整備も進められました。その一方で、城内の土地の一部は、引き続き彦根町民等に貸与され、桑畑としての利用、養魚場や水産試験場として堀の利用が行われました。
大正時代になると、井伊家から彦根町に城の管理が委ねられ、昭和19年(1944)には、彦根市(昭和12年に町から市となる)からの要望を受け、彦根城は井伊家から同市に譲られることとなりました。
このように、近代の彦根城は、藩主井伊家から県へ、さらに国(皇室)、井伊家、彦根市(彦根市民)へとその所有者が変遷しました。かつて江戸時代には、軍事・政治拠点として、限られた武士によって利用され、閉ざされた場所であった彦根城は、近代社会が成立し、市民社会が成熟していく中で、多くの町民や来訪者が関わる、開かれた場所へとその性格を転換させていったのです。
このような城の新たな利用の仕方が展開していく一方で、井伊家では、現状保存を原則として、彦根城の修復を継続して行い、城を維持してきたことも、忘れてはならない歴史です。
本展示では、井伊家近代文書を主たる史料として、近代の彦根城の利用のあり方を具体的に示し、人びとにとって城の持つ意味が変化していく様相を紹介します。また、現在の彦根城の保存と活用につながる前史としてもご覧いただくことも意図しています

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関連講演会

 

【主な展示資料】
▼彦根城天守御払い下げにつき願書案
明治11年(1878)頃

 

 

 

 

 

 

 

 

 

▼彦根御料地彦根城郭内借地貸地人名台帳
明治25年(1892)5月

 

 

 

 

 

 

 


▼彦根城下賜につき滋賀県知事通達書
明治27年(1894)7月10日

 

 

 

 

 

 

 

 


▼彦根城山行啓御通路ノ図
明治43年(1910)

 

 

 

 

 

 


▼彦根城御下附につき願書
昭和18年(1943)2月

 

 

 

 

 

 

 

▼御城山三階御番所屋根瓦一式見積書
明治36年(1903)9月7日

 

 

 

 

 

 

 

名称
井伊家近代文書からみる彦根城
会期
令和3年/2021年11月27日(土)~12月24日(金)
休館日

12月8日(水)

開館時間
午前8時30分~午後5時(入館は午後4時30分まで)
入場料
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