

「天下一」とは、近世初期、主に鋳物師(いもじ)、塗師(ぬし)、陶工などの優れた職人に授けられた称号です。そもそも「天下一」という言葉は、平安時代以来、世に比べるものがないほど優れた人物や場所、出来事などを形容する際に用いられてきました。室町時代後期になるとこれを自称する職人が現れ、桃山時代、織田信長や豊臣秀吉が一部にその使用を許可したことにより、優れた工匠の称号となったとされ、以降、大いに持てはやされるようになりました。しかし、これを自称する者が急増し、後に看板などで乱用されるに及び、天和2年(1682)、江戸幕府によって使用が禁止されました。
能の世界では、能面を制作する職人である面打(めんうち)に、「天下一」を与えられた者がいます。近江国日野の法界寺(ほっかいじ)の僧である角坊(すみのぼう)は、文禄2年(1593)、名物面の写しを短期間で制作した功により、面打として初めて、秀吉からこれを授かりました。その2年後には、面(おもて)の制作を家業とする世襲面打家のひとつ、大野出目家(おおのでめけ)の初代、是閑吉満(ぜかんよしみつ、1527~1616)が同じく秀吉から「天下一」の称号を与えられました。また、許しを得た時期は明らかではないものの、是閑の息子の友閑満庸(ゆうかんみつやす、?~1652)や近江井関家(おうみいせきけ)の4代家重(いえしげ、?~1657)など、複数の面打が「天下一」を称したことが、これを冠した焼印から確認されます。彼らはいずれも、整った明快な造形の優品を残していますが、中でも是閑と家重は名工として名高く、特に家重は彩色に優れ、「古今無類最上の名人」と絶賛されました。
桃山時代以降、能面は、種類ごとに定まった型を踏襲することが制作の基本となり、優れた古い面の写しが盛んに作られる「写しの時代」となりました。「天下一」の面打の作もまた尊ばれ、その写しが数多く作られました。能の各流派に伝来する面はもちろん、江戸時代の大名家の伝来面あるいは道具帳にも、彼らの作とされる面が多く伝わっており、「天下一」の面がいかに好まれ、尊重されたかを物語っています。
本展では、井伊家伝来能面の中から、「天下一」の面打の作と伝わる面を一堂に集め、その写しなども併せて展示します。これらを通して、名工と称された面打それぞれの作風や特徴に迫るとともに、「天下一」の面をめぐる文化について紐解きます。
当館は、令和9年(2027)2月11日に開館40周年を迎え、これを記念し、約1年にわたり、全9回にわたる展覧会「シリーズ THE DAIMYO」を開催します。本展はその第3弾として開催するものです。
【関連事業】
ギャラリートーク
日 時:令和8年(2026年)6月27日(土) 午後2時~ *30分程度
会 場:彦根城博物館 展示室1
講 師:茨木恵美(当館学芸員)
その他:観覧料が必要
関連講座
名 称:「「天下一」の面を見る―巧みの技と造形―」
日 時:令和8年(2026年)7月12日(日) 午後2時~ *90分程度
会 場:彦根城博物館 講堂
定 員:50名 *当日先着順、午後1時30分より受付開始
資料代:100円 *展覧会の観覧には、別途、観覧料が必要
講 師:茨木恵美(当館学芸員)
【主な展示資料】
▼能面 怪士 焼印「天下一近江」 1面(作品リストNo.25)
面長20.5cm 面幅14.7cm 面奥8.4cm
江戸時代前期
当館蔵(井伊家伝来資料)


▼能面心覚記 井伊直亮筆 1冊(作品リストNo.28)
縦19.0cm 横13.0cm
江戸時代後期
当館蔵(井伊家伝来典籍)

▼能面 般若 1面(作品リストNo.30)
面長21.0cm 面幅16.6cm 面奥9.4cm
江戸時代中期
当館蔵(井伊家伝来資料)











