近江は、大坂、伊勢と並び、有力な商人を輩出した地域として知られています。彦根藩の領内でも、城下はもちろん、高宮や鳥居本をはじめとする近隣の街道沿いの町には、有力な商家が軒を連ね、行商を中心とする全国規模の商いが行なわれてきました。
これらの商家においては、親類縁者はもちろん、近隣の住人や同業者、出入の職人など、実に多くの人々との交わりがあり、中でも、婚礼や葬儀、法要などの種々の行事における食事や酒のもてなしは、家の威信をかけてとりわけ盛大に行われました。このような饗応の場で多数の客をもてなすため、数十人前にも及ぶ大揃いの膳碗(ぜんわん)などの食器類が、有力な商家に必須の家財として求められたのです。
儀礼的な饗応の場で通例とされた本膳料理と呼ばれる食事に用いる器は、日用の食器と区別され、蓋の付いた飯碗や吸い物碗など、献立や礼式に即した形のものが揃えられました。元来、このような儀礼的な料理の器には、木地に漆塗りを施した塗り物が用いられましたが、江戸時代中期以降、日本各地で窯業が盛んになり、陶磁製の器が広く普及すると、これらも積極的に取り入れられるようになりました。とりわけ、現在の佐賀県の有田地方で焼かれた伊万里焼をはじめとする、華やかな色や模様で彩られた器は、晴れがましい祝宴の場などで用いる器として、大いに愛されました。
富裕な商家の伝来品を見ていくと、その多くを占めるのは、本膳料理に欠かせない大揃いの飯碗や煮物を入れる深皿、焼き物皿、猪口(ちょこ)などであり、これに加えて、大勢で取り分ける料理を盛る大皿や大鉢、酒の饗応で用いる杯や徳利、銚子なども多く見られ、いずれも、華やかな文様が尽くされています。これらのもてなしの器は、いかにも富商好みの趣があり、彩りに満ちた商家の宴の様子を今に伝えています。
本展では、彦根城下や近隣の宿場、五箇荘(ごかしょう)などの湖東地域の商家に伝来した、もてなしのためのやきものの器の数々を紹介します。
【主な展示作品】
▼錦手七ッ組膳碗 聚心庵蔵
▼染付花唐草文中皿 個人蔵
▼錦手折鶴文重箱 個人蔵
▼染付赤絵金彩鳳凰文三ッ組杯・杯台 個人蔵