近江国(現・滋賀県)は、古くから西国と東国・北陸とを結ぶ交通の要衝でした。江戸時代の彦根藩領にも、中山道(なかせんどう)をはじめ、北国街道(ほつこくかいどう)や北国脇往還(ほつこくわきおうかん)などの街道が通っていました。街道に設けられた宿駅には、幕府により定められた数の馬が置かれ、宿駅の住民らは、物資の運搬と、旅行者への宿の提供という役割を課されていました。
彦根藩領内の街道と宿駅には、参勤交代で江戸と国元を往復する西国や北陸地方の大名一行や、江戸から遠国に向かう幕府役人一行など、多くの武士たちが行き交いました。
彦根藩はこれらの幕府役人や大名に対して「馳走(ちそう)」を行いました。「馳走」とは、挨拶や贈答のために使者の彦根藩士を宿駅に遣わしたり、また、宿駅の本陣の修繕や宿駅内の掃除を行うなど、彦根藩による応接行為全般のことを意味します。どの程度の「馳走」を行うかは、相手の大名の格や、井伊家との関係の深さによって厳密に決定されました。しかし、江戸時代の後期になると、倹約を理由に「馳走」を辞退する大名もあらわれました。
また、彦根藩士だけでなく宿駅の住民も、彦根藩の指示のもと、掃除などの「馳走」の一端を担っていました。
本展では、彦根藩による「馳走」という行為に注目し、彦根藩と他大名、宿駅住民の3者の関係から生じる様相を具体的に紹介します。ここから江戸時代独自の人々の交流の仕方や、社会のあり方に接していただければ幸いです。
《主な展示作品》
▲江戸長崎往還図 大津市歴史博物館蔵
▲東海道中記 石川県立歴史博物館蔵
▲大名行列絵巻 金沢市立玉川図書館近世史料館蔵
▲諸御大名様并御役人中様方御通行之節宿々御馳走覚 当館蔵
▲享保五子年加賀宰相様御通行留記之写 当館蔵