古来より人々は、さまざまな祈りを神仏に捧げてきました。その内容は、鎮護国家(ちんごこっか)や家の繁栄などの現世における利益(りやく)であったり、死後に仏の棲む浄土に生まれることを願った来世の救いなどが挙げられます。
こうした祈りや願いは、さまざまな形で表現されています。例えば、自身の功徳(くどく)を積むため、あるいは亡き人の追善を目的としたものに、紺紙に金銀で美しく書写した経典や仏堂の屋根となる杮(こけら)に記された経文などが見られます。また、仏尊を視覚的に捉え、救いを得るための仏縁(ぶつえん)をより具体的に結ぶ助けの一方法として、種々の仏尊を表した仏画や仏像が制作されました。
平安時代から江戸時代に至るまで、人々が仏に祈った内容のうち、特に多いのが、阿弥陀如来が棲む西方極楽浄土に往生することを願ったものです。これは、平安時代中期以降に広く普及した浄土思想の影響で、この思想に基づいて作られた作品は、現存する仏教美術作品の中でも、数多く伝わっています。
その1つである浄土変相図は、極楽浄土の世界を描いたもので、蓮池の中に建つ楼閣の中央に、阿弥陀如来、観音菩薩、勢至菩薩が蓮華座に坐し、この三尊を囲むように多数の聖衆(しょうじゅ)が配されています。さらに、浄土図の周辺部には、阿弥陀如来が、極楽から現世に往生者を迎えに来る来迎(らいごう)の様子なども表されています。こうした図は、浄土信仰者が極楽を思い描く縁(よすが)とされていました。
浄土変相図のうち来迎の部分を独立させた図、いわゆる来迎図も往生を願う人々の願いを支える導(しるべ)の1つに挙げられ、多くの作例が伝存します。来迎図には、しばしば来迎する阿弥陀如来の進行先に往生者が描かれる場合があります。その人物は、僧や出家をしていない男性のほか、時には女性の姿も見られ、極楽往生という救いを、男女分け隔てなく希求していたことがうかがえます。
本展では、こうした浄土思想から生じた作品を中心に、当館が収蔵する滋賀県や彦根市の指定文化財をはじめ、市内の寺社に伝来した仏教美術の絵画・彫刻・経典などを展示し、併せて、そこに表された仏尊や人々の姿を通して、往時の人が拠り所とした信仰や切望した願いも紹介します。信仰によって生み出された崇高なる世界をご覧ください。
【主な展示作品】
▼【滋賀県有形指定文化財】 絹本著色他阿真教像 高宮寺蔵
▼【彦根市指定文化財】阿弥陀如来坐像 観音寺蔵
▼【彦根市指定文化財】絹本著色浄土変相図 唯稱寺蔵