見渡せば柳桜をこきまぜて 都ぞ春の錦なりける - 平安時代の勅撰集「古今和歌集」所収の、素性(そせい)法師が詠んだ有名な一句です。はるか京を見渡すと、柳の緑と桜の花の色とが混じり合い、京の都こそがまさに春の錦なのだ(と気づいた)という意で、春爛漫の景を柳と桜とで表現しています。
現代も日本人の心を惹きつけてやまない桜について、よく知られた歴史があります。奈良時代に成立した「万葉集」では、桜より梅を詠んだ歌が多かったのが、平安時代成立の「古今和歌集」ではその数が逆転し、内裏(だいり)の紫宸殿(ししんでん)の庭先に植えられた樹も、奈良時代には梅であったのが、平安時代のいつ頃からか桜に替わったのです。この変化の背景には、交易が盛んな時期の中国文化への強い憧憬のもとでは、その影響で特に梅が愛でられたのに対し、遣唐使が廃止されて国風の文化が醸成する中で、日本人の本来的な感性に合致した桜に傾倒した状況があるという見方があります。
素性法師が詠んだ柳とは、枝垂柳のことです。柳は、古代に日本にもたらされ、中国に倣って街路樹や堤防樹、庭園樹として植樹され、よく目にするものとなりました。春真っ先に芽吹くことから、生命力ひいては長寿の象徴の樹とも考えられ、視覚的には、春の芽立ちの美しさと、枝が枝垂れる姿などが愛でられ、今以上に親しみ深い樹と捉えられていました。
日本人にとって身近なこの桜と柳は、種々の美術工芸品を彩るデザインの格好の対象となりました。華やかに咲き誇る桜、しなやかに枝垂れる柳という定番の形だけではなく、柔らかな一輪の桜の花弁、床に掛ける結び柳など、そのデザインは実に多様です。展示室で繰り広げられる柳と桜の競演をお楽しみください。
本展では、加えて、彦根藩主井伊家歴代中、桜や柳に魅了された当主についても紹介します。
【主な展示作品】
▼能装束 白地枝垂柳に桜尾長鳥文様長絹 1領 当館蔵
▼桜図 狩野永岳筆 6曲1双 個人蔵
▼桜花文鐔 鎌田乗寿作 1枚 当館蔵
▼黒漆塗糸柳燕蒔絵中次
金城一国斎作 1合 当館蔵
▼楽焼柳燕図茶碗 井伊直弼作 1口 当館蔵