室町時代前期(15世紀前半)に大成された能は、500年以上におよぶ長い歴史を持つ芸能です。この長い歴史の中で数多くの演目が作られ、演じられてきました。現在、上演可能とされる演目は150曲以上。これらの演目には、老若男女、貴族、武士、僧侶さらには神や精霊、亡霊、怨霊、鬼、妖怪など実に様々な役が登場します。
能では、この役柄ごとにその装(よそお)い、すなわち使用する面(おもて)や装束、小道具の種類がおおよそ決まっています。勇猛な武士ならば力強く雄々しい装い、年かさの女性ならば品のある落ち着いた装いというように、その役柄にふさわしい組み合わせが定められているのです。この装いのことを「出立(いでたち)」ともいいます。
役柄にあった面や装束を定めるにあたって前提となっているのが、面と装束の基本的な種類と決まり事です。
数多くの種類がある能面は、大まかに尉(じょう)、鬼神(きじん)、霊(りょう)、男、女の5つのグループに分けられ、年老いた神や老人の役ならば尉、荒々しい神の役の場合は鬼神、精霊や神霊あるいは怨霊の役では霊、人間の役では男あるいは女と、それぞれの役柄にあったグループの面を使用します。一方の能装束は、文様によって使用する性別が決まっており、男性役は竜や獅子、稲妻、亀甲といった、唐様の力強い文様が表された装束、女性役は四季の草花や蝶、扇などの和様の優美な文様が表された装束を用います。さらに、地色や文様に紅を用いた華やかな「紅入(いろいり)」と、紅を使わない「紅無(いろなし)」の区別があり、紅入は若い役柄に、紅無は中年などの役に使用するのが、能装束の基本的な決まりです。このような基本的な種類と決まり事に基づいて、役柄にふさわしい面や装束が定められているのです。
本展では、様々な装いの中から、若く美しい女神と荒々しい力を持つ鬼神の出立を紹介します。役柄の性質を端的に表す面と色鮮やかな装束、様々な小道具、これらの取り合わせの妙をご覧ください。
【主な展示作品】
▼能面 増女 元休満茂 作 当館蔵
▼能装束 紫地牡丹菊と松皮菱繋ぎの雲文様舞衣 当館蔵
▼能面 泥黒髭 甫閑満猶 作 当館蔵
▼能小道具 竜戴 当館蔵
▼能装束 紅黒段替毘沙門亀甲稲妻雲竜波丸文様厚板 当館蔵