軍記物語は、歴史上の戦いに取材した物語です。その始まりは、天慶2年(939)に起きた平将門による朝廷への反乱を題材とした「将門記(しょうもんき)」とされます。代表的な作品としては、平安時代後期の朝廷の内乱を物語る「保元物語」と「平治物語」、源平の合戦を記した「平家物語」、南北朝時代の争乱を取り上げた「太平記」が挙げられます。
これらは、文学作品として読まれるばかりではなく、詞書(ことばがき)に加え場面ごとの情景を描いた絵巻物、音曲(おんぎょく)に合わせて、あるいは詞章(ししょう)に節をつけて物語を読み上げる語物(かたりもの)や謡物(うたいもの)として、古くから人々に親しまれてきました。その中でも印象的な場面は、クローズアップされ、屏風などの美術工芸品に多く表されるとともに、能をはじめとする芸能の演目に取り込まれていきました。中には、単に戦いの様子にとどまらず、物語に登場する人物らの忠節や哀切などをはじめとする様々な思いが表現されるものも多くあります。
軍記物語が人々に広まって行く過程で、芸能が担った役割は大きいと言えます。鎌倉時代の語物に始まり、室町時代や戦国時代には、能や幸若舞(こうわかまい)を通じて武士を中心に受容され、江戸時代になると浄瑠璃や歌舞伎、講談でも上演されたことで、より広い層の人々にも知られるようになりました。
数ある軍記物語で、特に著名なのは「平家物語」ですが、種々の美術工芸品や芸能作品が制作され、その数は群を抜きます。題材となった場面は、源氏の武者の活躍を描いた「宇治川の先陣争い」や「扇の的」、登場人物らの失望や悲しみを強く表した「足摺(あしずり)」、「敦盛最期(あつもりのさいご)」などが有名です。美術工芸品の中には、これらの場面を抜き出して絵画的に表現したもののほか、意匠として象徴的な人物やモチーフのみを表したものも数多く伝わります。一方、芸能作品の場合は、語りや唄、所作によって数々の名場面が演じられました。
本展では、館蔵品の中から軍記物語とそこに描かれる数々の名場面、またそれにまつわる品々を紹介します。展示作品を通して、語り継がれてきた名場面に描かれる人物たちの思いにも触れていただければ幸いです。
【主な展示資料】
▼宇治川先陣図二所物(うじがわせんじんずふたところもの)
銘 後藤光孝(ごとうみつたか)
笄総長 21.3cm 小柄総長 9.8cm
後藤光孝作 江戸時代中期
【笄】
【小柄】
▼能面 十六
面長 20.2cm 面幅 11.5cm
江戸時代中期
▼陣太鼓
径 33.0cm 厚 11.5cm
時代不詳