日本の美術工芸品には、原本となる作品に倣って作られた「写(うつ)し」にあたる作品が数多くあります。作品の独創性が重視される現在、「写し」は、創造性に乏しいコピーあるいは偽物といったマイナスイメージで捉えられがちです。しかし、「写し」にまつわる多種多様な作例を見渡せば、そこには単なる模倣にとどまらない、さまざまな要素があることが分かります。
そもそも古来、対象とする作品を写し取る模写は、中国において古くから重視されてきました。5世紀末に著された中国の最古の画論の中でも、絵画制作の重要な要素のひとつに優れた古画の模写があげられています。中国文化の強い影響下にあった日本でも、模写は、制作に必要な技の習得や記録などのために広く行われてきました。また、中国を中心とする地域からもたらされた作品は、唐物(からもの)とも呼ばれ、優れた文化や技術を体現した倣うべき規範として尊ばれ、これを模倣した数多くの「写し」が作られるとともに、制作の際の手本、発想の源泉として重要な役割を担ってきました。
唐物の「写し」を含め、「写し」にあたる作例はあらゆるジャンルに見いだすことができます。例えば、名品として知られた絵画の「写し」から、先祖が用いた道具の形を受け継いだとみられる武具、流派の先人が愛好した型を継承した茶道具、高い技術を持った名窯(めいよう)の作例に倣ったやきもの、あるいは、決まった型を写し継ぐことが制作の基本である能面にいたるまで、その種類も内容もじつにさまざまです。中には、あえてオリジナルの作品をそのまま写すのではなく、素材や技法、表現にアレンジを加えることによって趣向を変え、新たな作品へと転換させた作例もあり、これらは、模倣の枠を超えた「写し」の展開とみることができるでしょう。
本展では、日本美術を読み解くキーワードのひとつである「写し」のあり方や特徴について、館蔵品から複数のジャンルを取り上げ、その実例を紹介します。さまざまな作例を通して、単純なコピーにとどまらない多様な「写し」の世界をご覧ください。
【主な展示資料】
▼倣十二大家画帖(ほうじゅうにたいかがじょう)
中林竹洞(なかばやしちくどう)筆
江戸時代 文化14年(1817)
▼風俗図(ふうぞくず)
柴田是真(しばたぜしん)筆
江戸時代後期~明治時代初期 個人蔵
▼能面 獅子口(のうめんししぐち)
友水庸久(ゆうすいやすひさ)作
▼能面 獅子口(のうめんししぐち)
▼朱漆塗蛭巻鞘大小拵
(しゅうるしぬりひるまきさやだいしょうこしらえ)
江戸時代前期
▼楽焼 火舎蓋置(らくやきほやふたおき)
江戸時代後期~明治時代
大久保忠直氏(埋木舎大久保家伝来資料)
▼青磁六角釣灯籠(せいじろっかくつりどうろう)
江戸時代後期 個人蔵