水は、人間にとって最も身近で無くてはならない大切な存在です。飲み水としてはもちろん、生活のあらゆる場面で水を欠くことはできません。
その水の姿は、古来、さまざまな物に表現されてきました。古くは弥生時代の銅鐸に、数本の平行線をS字状に蛇行(だこう)させた、流れる水の表現にも見える文様が施されていることが知られています。これが、本来、水の表現を意図していたかは議論のあるところですが、このような曲線によって、流れ行く水の様子、あるいはゆらめく水面を表した文様は流水文と呼ばれ、時代を問わず愛好されました。他にも、波が連なる様を図案化した青海波文(せいがいはもん)や、荒海を表した荒磯文などによって、定まった形を持たない水の姿が、実に巧みに表現されています。
これらの文様は、植物や動物と組み合わせて表されることも多くあります。
流水と紅葉の組合せはその一例です。この組合せは、平安時代に詠まれ、百人一首にも含まれる「千早ふる 神世(かみよ)もきかず 竜田川(たつたがわ) からくれなゐ(い)に 水くくるとは」などの和歌によって、紅葉の名所として名高い竜田川を連想させる文様として認識されてきました。また、波と兎という、一見、不思議に思える組合せは、能〈竹生島〉の、「月海上(かいしょう)に浮かんでは 兎も波を奔(はし)るか おもしろの島の景色や」という、竹生島の風景を描写した一節が典拠となったものです。このように、水を表す文様に植物や動物を組み合わせた図様には、単に自然の様子を表すだけでなく、さまざまな典拠や意味を持つものもあります。
本展では、これら水を巧みに意匠化した絵画や能装束、茶道具などの美術工芸品を展示します。水の多様な表現や他のモチーフとの組合せといった、その変化に富んだ魅力をお楽しみ下さい。