花は太古より、邪悪な存在を遠ざけて清浄を保つと信じられ、神や死者へ捧げる供物として用いられてきました。ユダヤ教におけるミルテ(キンバイカ)、ヒンドゥー教や仏教における蓮、神道における菊に代表されるように、古くは、特に信仰の場において花は重要な位置を占めてきたのです。
一方、花の美しい姿は、古今東西を問わず、文芸や美術の題材として愛しまれてきました。とりわけ日本においてその愛好は深く、例えば、奈良時代末期に編まれた『万葉集』には、日本に自生する桜や藤、山吹、萩、渡来種である梅、桃、橘など44種もの花に取材した歌が収められています。これほどに多くの花が歌に詠まれる例は、同時代では日本のみで、花への関心の高さが示されていると言えます。これ以後も日本では、和歌や物語はもちろん、俳諧などの新たに生まれた文芸においても、四季の移ろいとともに咲き、散りゆく花の姿が情感豊かに表現され、花が常に重要な主題として取り上げられてきた様子をうかがい知ることができます。
絵画や彫刻、工芸品などの造形においても、花の表現は多彩な展開を遂げました。歌や物語に取材した抒情的な絵画から、花の姿を極限まで細密に表した写生画、特徴を巧みに抽象化した花文様に至るまで、様々なバリエーションが生み出されたのです。さらには、生命力にあふれるその姿に吉祥の意味が重ねられ、瑞祥の意匠としても愛されるようになり、身の回りのありとあらゆる品のデザインに取り入れられました。
本展では、花で彩られた種々の絵画や工芸品をご紹介します。魅惑に満ちた花々の姿をどうぞご堪能ください。
【主な展示資料】
▼金銅蓮華文透華鬘(こんどうれんげもんすかしけまん)
元禄9年(1696年)
【中央左部分】
▼月次茶器(つきなみちゃき) 個人蔵
江戸時代後期
【月次茶器のうち5月
橘に水鶏蒔絵茶器】
▼桜文透釣灯籠(さくらもんすかしつりどうろう)
江戸時代中期~後期