古来より種々の道具には、神仏や動植物、風景、物語の一場面、幾何学文様など、多岐にわたる意匠が表されてきました。それは、戦場で身に纏う甲冑や標識となる旗などの武具も例外ではありません。武具には、神仏をはじめ、天体、特定の虫や動物などを主題とした意匠が多い点が注目されます。
特に軍神として広く知られている八幡神(はちまんしん)をはじめ、摩利支天(まりしてん)や毘沙門天(びしゃもんてん)、土地の神である氏神(うじがみ)に至る様々な神仏の名が、軍旗や兜の立物などに表されてきました。神号や仏号、または神仏を象徴するものを武具に取り入れることは、戦勝を祈願したり、加護を受けることが目的と考えられています。日月あるいは北斗七星などの天体を表すのも、仏教や道教、陰陽道などが説く星々の持つ力を得るためであり、神仏や天体の意匠には、戦場に赴く武士の切実な願いと祈りが含まれているのです。
武士が抱いた思いは、武具にあしらわれた動植物の意匠にも反映されています。例えば、トンボは前にのみ進む習性を持つため、退くことのない虫として「勝虫(かつむし)」とも呼ばれ、武士が好んで用いた意匠の1つとして知られています。動植物にあやかった意匠には、言葉の読みと意味を掛けたものもあります。菖蒲(しょうぶ)は、古くから魔除けとして端午に軒先に吊される植物ですが、時代が下ると、武勇を尊ぶ意味の「尚武(しょうぶ)」と読みが通ずることから、菖蒲の意匠に尚武の意味が掛けられるようになりました。
また、家の象徴である家紋を使用した武具もあります。戦場において家紋は、自身の存在を主張するための役割を果たしました。功績の有無によって、所領や家禄、地位など、その後の待遇が決まる武士にとって、家紋もまた重要な意匠でした。
本展では、当館が所蔵する武具にあしらわれた意匠を紹介するとともに、そこに武士のいかなる願いや祈りが映し出されているのか読み解いていきます。生死を懸けて戦いに臨んだ武士の思いがこめられた意匠の数々をご覧ください。
◆主な展示資料◆
▼八幡大菩薩旗(当館蔵)
▼三浦元芳指物并出し之図(当館蔵)
▼勝虫真鍮象嵌鐙(当館蔵)