
常設展示では、譜代大名筆頭の井伊家に伝来した大名道具を中心に、作品を7つのテーマ「武家の備え」「幽玄の美」「麗しの調度」「雅楽の伝統」「数寄の愉しみ」「御殿の彩り」「古文書の語る世界」に分けて紹介し、日本の美と歴史に迫ります。展示品は原則として全て“ほんもの”。1~2ヵ月ごとに入れ替わり、長年秘蔵されてきた名品・逸品が次々登場します。
武家である大名家の所持する道具の筆頭にあげられるのは、武器と武具です。これらは実用的な意味以上に、武門を象徴する道具として重視されました。その随一は刀剣で、贈答品としても重要な品であり、江戸時代末の井伊家は、600口(ふり)をくだらない刀剣を蔵していました。ほかに、甲冑や鞍・鐙などの馬具、弓矢等、種々の道具が備えられていました。
武勇で知られた井伊家は、藩主から士卒にいたるまで、甲冑や旗類などの軍装を朱色で統一していました。「井伊の赤備え(あかぞなえ)」として広く知られています。当館では、5代直通をのぞく井伊家歴代甲冑と20領を超える藩士甲冑を収蔵しており、往事の勇壮な軍団を彷彿(ほうふつ)させます。
能は、室町時代初期に世阿弥(ぜあみ)によって大成された日本の伝統芸能の一つです。江戸時代には、幕府が能を武家の式楽(しきがく/儀式で行う楽舞)と定めたことにより、幕府をはじめ諸藩でも頻繁に能が行われました。能がほぼ現在の形となったのもこの頃です。その洗練された美意識は、長い年月を経た現在においても、新鮮な魅力を備えています。
江戸時代に井伊家に所蔵されていた多数の能面・能装束は、残念なことに、大正12年(1923)の関東大震災によって失われてしまいました。現在、彦根城博物館が所蔵する能面・能装束は、15代直忠(1881~1946)によって新たに収集されたものです。これらは、能面・能装束のほとんどの種類を網羅する大揃いのコレクションとして知られ、その中には旧大名家が所蔵していた優品も含まれています。
古来日本では、場を調えるための家具や手回りの品を「調度」と呼び、その機能性はもちろん、装飾性にも意を注いできました。調度の多くは、四季の風物をはじめとする種々のモティーフを象った意匠が、金銀の蒔絵を施した漆技法などの技法を凝らして華やかに表現されており、その隅々にまで洗練された感覚を見ることができます。
大名家の調度を代表するのが、姫君の輿入の際に調えられた婚礼調度です。デザインを統一して作ったものが一般的で、家の威信をかけ、装飾を凝らした優美なものが調えられました。
雅楽は、奈良時代にはじまる永い伝統を誇る芸能です。宮廷を中心として盛んにおこなわれ、最盛期の平安時代には宮廷文化を華やかに彩りました。その伝統は、衰退と隆盛をへて今に受け継がれています。
大名家には珍しい雅楽器コレクションは、12代直亮(1794~1850)の収集によるものです。直亮は生涯、雅楽に興味を持ち、楽器の収集につとめました。そのコレクションは、日本屈指の質と量をそなえ、楽器を納める袋や箱までも様々な工芸美によって彩られています。
大名家の式正(しきしょう)の茶会は、書院の茶が第一とされ、中国渡来の唐物(からもの)が重視されました。井伊家伝来の茶道具は、唐物から侘びの趣に適う高麗物(こうらいもの)や和物(わもの)に至るまで、極めて広範にわたる多彩な内容となっています。その中には、江戸時代後期に彦根で焼かれ、藩窯として隆盛した湖東焼(ことうやき)の優品も含まれています。
井伊家歴代当主の中でも特に13代直弼(1815~60)は茶を好み、茶会の主催のみならず、手ずから茶道具制作を手がけ、著作をあらわして茶の精神を追究しました。
大名の御殿は、襖絵や床貼付絵などの障壁画で荘厳(しょうごん)されていました。公的な場である表向きは、極彩色で豪華な趣をたたえ、生活空間である奥向きは、淡彩や墨で落ち着いた様相を示し、いずれも、室の格式や性格によって画題や筆法が区別されていました。また、儀式や茶会などの行事により、その趣旨や季節に適した屏風や掛軸などをしつらえ、巧みな演出がはかられました。
昔の人々が書き残した古文書をひもとくことで、彦根の歴史を知ることができます。彦根藩主井伊家に伝来した「彦根藩井伊家文書」(国指定重要文化財、27,800点)は、彦根藩政に関わる文書や井伊家の立場・役割を示す文書、井伊直弼の大老政治に関わる文書などを含んでおり、彦根藩政にとどまらず、幕府史料としても第一級のものと高く評価されています。その他、彦根藩士の家に伝来した古文書や彦根城下町の絵図など、豊富な所蔵資料の調査分析により、彦根の歴史文化が明らかとなってきています。